感覚は思っているほど絶対的なものではない

いわゆる「感覚」ってなんなのか

スポーツの現場でも遭遇しますし、ちょこっと意図するところは変わってくるけれど、ロルフィング®のようなボディーワークをしたり、見聞きしていると感じることがあります

 

それは「感覚」というものに対する捉え方

 

ブルースリーも映画の中で言っていました

“Don’t think, feel”「考えるな、感じろ」

 

五感を研ぎ澄ますってすごく大事なことだと思います

 

特にこの忙しい現代社会、自分の事をみかえる時間もなく、周りのことに振り回されることも少なくありません

 

感覚ってすごく大事だけど、感覚「だけ」に訴えているのって、それって何かが足りないような、違和感がありました

どうしてそれを「美味しい」と思うのか

 

人は何かを判断する時、今までに培ってきた経験から類推してそれが自分にとってどうか、ということを判断していると思います

 

それは「適当に決めたよ」と思っていたとしても過去の自分の経験からの判断になってきます

 

例えば食べ物でも、ホルモンが好きな人がいる

 

それを「美味しい」と思うのは過去に口にして、「美味しい」と思った過去があるから。だからまた「食べたい」とも思う

 

また、まだ食べたことのないものでも、「◯◯みたいな感じだよ」と言われて、その例に出されたものが好きなものであれば

 

「あ、なら大丈夫かも」と思うだろうし、その例が嫌いなものであれば「うわ、それは無理だ」となるのだと思います

感覚を客観視する

スポーツにしろ、ボディーワークにしろ、動きの指導をしている時に、感覚に訴える、ということは良くあります

 

「そこで足で地面をグッと踏んで!」

「肘からフワーッと浮かべるように持ち上げて」

「山の向こうで鳴く鳥の声を聞こうとして見て」

「空・大地とつながりましょう」

 

などなど、良く耳にするし、実際に使われる方もいらっしゃると思います

 

でも、それが構造的にどういったことを表しているか、きちんと説明できますか?

 

足でグッと踏むってどれくらい? どこの位置で?(踵骨?舟状骨?中足骨?内側?外側?) またそれは何で?身体のどこに繋がるの?

 

大地とつながりましょう、っていうけれど、言っているあなたが凄くフワフワしていますよね?

 

なんて言うこともあったりします

 

透き通るような海を見たことのない人に、その海の青さは伝わらないのです

 

もちろん、自分自身もそれを見たことがなければ伝えられるはずもない

経験していないことはわからない

 

誤解をしないでいただきたいのは、感覚に訴えることが決して悪いといっているわけではありません

 

感覚を鋭敏にとらえようとすることで、いままで感じられていなかったものを感じられるようになって、解放されるということって沢山あります

 

ただ、やっぱり「導き方」ってすごく大事なことだとおもうのです

 

同じ表現をしても、それがピン!と来る人もいれば、全く来ない人もいる

 

その理由は前述したとおり、その表現に似たような「経験値」があるかないか

 

クライアントさんと時間を過ごして行く中で、「この人にはこういう方が伝わるな」というのを調整できるだけの引き出しの多さは持っておく必要があると思います

 

例えばエンジニアの人と芸術家の人では見ている世界が違うので、共感する表現も変わってくるのは当然といえるでしょう

再現性を出す

 

いわゆるトレーナーもコーチもボディーワーカーも、ある意味「指導」する立場にいる人たちです

 

その大きな役目の一つは「再現性を出す」ことだと思っています

 

やれる人、わかっている人は何を言っても勝手にやるし、言わなくても勝手にやるんですよね 笑

 

今はまだそこに届いていない人たちをどうやって、伸ばしていくか、経験していないものを経験させていくか、というのが指導者の役目だと思っています

 

指導者がいる時にだけ、出来ても自分自身でできるようにならないとあまり意味はありません

 

「肘をフワッとあげて」

 

そう言われても、何をもって「フワッと」なのかも指導者と受け手で違えば、それこそ今日感じる「フワッと」と明日感じる「フワッと」は違うかもしれない

 

そうなると、その指導自体がものすごく漠然したものになって、その時はできたけれど、ちょっと時間がたったらもうできません、ということになる

解剖学の大切さ

 

解剖学に縛られすぎると、大事なものを見過ごすこともあるので、そこはさじ加減が必要ではありますが、やはり人間誰にでも共通するシステムでもあるので軽視することはできないはずです

 

その時に体の構造上(解剖学・運動力学など)で、「どういった事が起こっていて」、「どの点に注意をして行うか」というのを、説明をしておくことで、チェックポイントができ、指導者がいない時でも、わからなくなった時でもおさらいすることができると思います

 

もちろん、最初からそこをがんじがらめに落とすのではなくて、まずはクライアントに響くであろう表現を模索しながら、感覚に訴えかけて身体を動かしてもらうそこで、クライアントが「あ!何これ!何か違う!」と変化を感じたのであれば「それってね」と説明をする。

身体で感じて頭で理解する

そんなプロセスって僕はすごく大事だと思うのですが、思っている以上にそういうことがされていない現実があるようです

 

「かわったでしょー。よかったねー」で終わってしまう、みたいな

自分自身も経験する大切さ

 

日本でオフィスを開く前は、ハワイで仕事をしていたので時間を見つけては観光客のこない、地元の人が行くビーチでサーフィンを下手くそながら楽しんでいました

そこにパートナー(現在の妻)を連れて行った時に

 

「都会で暮らしていて、この水平線を見たことのない人に『水平線をイメージして』と言ってもわからないよね。」

 

と言われたのをすごく覚えています

その動き、きちんと説明できますか?

身体の動きに関しても同じだと思うのです

 

自分で経験したことのないものは伝えられないし、体現できない

 

もちろん、全ての動きを表現できるわけではありませんし、経験できるわけでももちろんない

 

でも、だからこそ、「指導者」という立場にある人は様々なことにふれながら、何か一つを深く掘り下げて行くことでその引き出しを増やして行く必要があると思うのです

 

感覚だけでは不十分 知識だけでも不十分 動きだけでも不十分

 

やっぱり、身体を動かして(動き)頭(知識)と心(感覚)を繋げて行くという作業は必要不可欠だと思います

 

クライアントに変化を求めるのであれば、指導者もきっちりと身体を「感覚だけ」でなくて動かして行く必要があると思うのです

 

強さも必要なんです

 

大切な身体を預けるのであれば、それをきちんと行ってくれる人を僕なら探します

 

本当に自分の身体の事を思うなら、任せっきりではなくて自分の求めているものを明確にして行きましょう!

 

 

それではまた

森部高史

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アメリカにおいてプロスポーツやハイレベルなスポーツ選手と関わり、日本でも芸能界に携わる方々も含み、10000を超えるセッションを行ってきた中でわかった【身体と心の繋がり】、そして【自分軸で生きて行く】ということ。

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ABOUTこの記事をかいた人

森部高史

株式会社 Pono Life(ポノライフ)代表取締役 / Kukuna Body主宰。 「人生の節目に出逢うセラピスト」として多くの方の人生の転機に立ち会う。中高一貫校の英語科教員、部活動顧問を経て、アメリカの大学院に進学しアスレティックトレーナー(ATC)に。アメリカの様々な地域の大学でフルタイムスタッフとして勤務し、2012年帰国。【からだはこころのいれものだから】という考えを大切に、身体と心のバランスを大切にするボディーワーク、ロルフィングを中心に日々クライアントが自分軸で生き、自分自身の人生に彩りを添えていく為のお手伝いをしている。オフィスは麻布十番。2015年より一女の父。